大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)7365号 判決 1990年1月26日

原告

児玉哲二

右訴訟代理人弁護士

鈴木克昌

被告

三和興業株式会社

右代表者代表取締役

村本実

右訴訟代理人弁護士

吉川純

主文

一  被告は、原告に対し、金一四八万四六七六円及びこれに対する昭和六二年一〇月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二一七万二四八〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、土木建築用材料生産及び販売等を目的とする会社である。

2  原告は、昭和五〇年四月一日、被告に期間の定めなく雇用され、昭和六一年九月一三日、同年一〇月一五日をもって退職する旨の退職届を提出し、同年一〇月一五日被告を退職した。

3  被告の退職金規定によれば、原告の退職金は、その退職時の基本給月額二一万九〇〇〇円に勤続年数一一年六か月の支給率一二・四を乗じ、更に自己都合退職の場合その八〇パーセントとされているので、二一七万二四八〇円となる。

4  また、被告の退職金規定によれば、退職金の支払時期は、退職時より一年後とされている。

5  よって、原告は被告に対し、退職金二一七万二四八〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告が被告に昭和五〇年四月一日期間の定めなく雇用されたことは認め、その余の事実は否認する。原告は、後記抗弁記載のとおり業務を放棄したので、被告により懲戒解雇されたものである。

3  同3のうち、退職金算定の基礎となる基本給月額が二一万九〇〇〇円であること、支給率が一二・四であること及び原告の退職金が二一七万二四八〇円であることは否認する。被告の退職金規定によると、退職金は退職時の基本給月額に勤続年数に応じた支給率を乗じた額とすると定められているが、右基本給とは、被告の給与体系で基本給として位置付けられているもののみを指し、これとは区別されている第二基本給を含まない。退職金規定制定当時の被告の給与体系は、基本給、調整給、諸手当に大別され、このうち退職金算定の基礎となるのが基本給だけであったが、昭和五七年四月一日から、給与体系が、基本給、調整給を実質的にそのまま引き継いだ形の第二基本給、諸手当となったのであって、基本給と第二基本給は明確に区別されており、退職金規定の「基本給」に第二基本給を含むものではないことは明らかである。そして、原告の第二基本給を含まない基本給月額は一三万九八〇〇円、退職金規定による支給率は一三・二七五(勤続年数一一年六か月と一五日であるので一一年七か月とみなした場合)であり、勤続年数一五年未満の者の自己都合による退職の場合はその八〇パーセントであるから、原告の退職金額は、一四八万四六七六円となる。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  被告の退職金規定によれば、懲戒解雇された場合は退職金が支給されないことになっている。

2(一)  原告の辞意の表明に対し、原告が所属していた被告の営業第五部の次長であった訴外水谷利夫(以下「水谷次長」という。)が原告の慰留に努め、また、被告の営業第五部長であり常務取締役の訴外村本秀洋(以下「村本常務」という。)と水谷次長が営業第五部内の機構改革まで検討して慰留に努めた結果、原告は間もなく辞意を撤回した。

(二)(1)  原告は、昭和六一年一〇月九日、営業第五部の部内懇親会に出席し、退職の素振りも見せなかったが、仮に原告の退職が内定していたのであれば、当然原告の送別会としての意味をも有したものになったはずである。また、原告は、業務の引継ぎや顧客への退職の挨拶もしていない。

(2) 原告は、同月一三日、村本常務から、今般営業第五部の機構改革を行い原告に小泉慶一係長のもとで主任として働いてもらうが異存はないかと尋ねられて、これに同意した。更に、同月一四日に行われた営業第五部の営業会議において、同部の組織を営業課と工務課の二課にし、営業課を一係と二係に分けること、原告を二係の主任とすること、営業課内の各係に関しては独立性を強化し、担当するゼネコンを明確に区分したうえで、各々に関し達成すべき目標を定めることなどを内容とする機構改革を行うことが決定された。これは原告の勤労意欲を促進するためのものであり、原告を主眼としたものであったが、原告も右会議に出席して異議なくこれを受け入れ、職務に対する意欲を示した。このように、原告は、退職とは相反する言動をしており、原告主張の退職の意思表示を撤回したものである。

(三)  しかるに、原告は、同月一五日に無断で予定の業務を放棄し、被告に対し本日で終わりですと通告し、被告代表者らが翻意を促したが、翻意しなかった。原告の右の突然かつ一方的な職場放棄によって、原告の担当していた工事現場に混乱が生じ、売掛金七八万九八一二円が事実上回収不能又は著しく困難となり、また、原告の担当していた現場に著しい混乱が生じ、被告の信用が低下し、被告の業務に重大な支障が生じた。

(四)  原告は一旦退職の意思表示を撤回しているのであるから、原告が仮に退職を希望するのであれば、就業規則に従い直ちに退職の意思表示をなし二週間を経て退職すべきところであって、原告の突然かつ一方的な職場放棄により、引き継ぎや担当する顧客等の挨拶回りがなされず、そのため前記のような業務上の支障が生じたものであるから、このような原告の行為は、懲戒解雇事由を定めた被告の就業規則四〇条四号の「故意又は重大な過失によって会社に不利を与えること」に該当する。

(五)  そこで、被告は、原告に対し、同日、原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁2の(一)のうち、原告の辞意の表明に対し水谷次長が原告を慰留し、村本常務と水谷次長が原告を慰留したことは認め、その余の事実は否認する。

2  同(二)のうち、原告が同月九日部内懇親会に出席し、退職の素振りも見せなかったこと、原告が退職間際に村本常務に呼ばれたこと、同月一四日営業第五部の営業会議が行われたこと及び機構改革の内容が被告主張のとおりであることは認め、その余の事実は否認する。原告が村本常務から呼ばれた際、同常務から被告主張のような話はなく、原告から改めて退職の意向を示したところ、同常務は水谷次長に話すように答えた。また、原告は、右機構改革前から小泉慶一係長の下で主任として働いていたのであって、右機構改革によってこの関係は全く変わっていないのであって、右機構改革が原告の勤労意欲を促進するためのものであったということはない。原告は、同月一五日に退職することが確定しており、これを水谷次長と村本常務に通告していたにもかかわらず、被告は原告を組み込んだ機構変更を強行したのであり、同月一四日の営業会議において、退職することとなっていた原告が機構変更の詳細について意見を言う立場にはない。

3  同(三)の事実は否認する。原告は、同月一五日まで勤務した。原告は、水谷次長の指示により、同月一六日午前一〇時ころ被告に赴き、被告代表者と話をした。また、原告は、退職前に担当していた顧客に後任者を連れて挨拶をし、引き継ぎを行っているのであるから、原告の行為によって被告が損害を被ったり、混乱が生じたということはない。

4  同(四)は争う。

5  同(五)の事実は否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(被告の営業目的)の事実は、当事者間に争いがない。

二1  同2(原告の雇用及び退職)のうち、原告が昭和五〇年四月一日被告に期間の定めなく雇用されたことは当事者間に争いがない。

2  証人水谷利夫の証言(後記採用しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、遅くとも昭和六一年九月下旬ころには、水谷次長に対し、同年一〇月一五日をもって被告を退職する旨の退職届を提出して退職の意思表示をしたことが認められ、原告から退職する日付についての話がなかった旨の証人水谷利夫の供述部分は、原告本人尋問の結果に照らし採用することができず、他に右認定を履すに足りる証拠はない。

三  同3(退職金額)のうち、被告の退職金規定による自己都合退職の場合の退職金額は、退職時の基本給月額に勤続年数に応じた支給率を乗じ、更に一定比率を乗じて算出することとされていることは当事者間に争いがなく、(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、被告の給与体系では、基本給、第二基本給、諸手当があり、右退職金規定にいう基本給は第二基本給を含まず、右給与体系の基本給のみであること、原告の同年一〇月当時の第二基本給を含まない基本給月額は一三万九八〇〇円であること、原告の勤続年数一一年七か月(被告の退職金規定によれば、一か月未満の端数は一か月として勤続年数を計算することとされている。)に応じた支給率は一三・二七五であること及び勤続年数が一〇年以上一五年未満の場合の自己都合退職による支給率が〇・八であることが認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。原告は、退職金算定の基礎となる「基本給」月額が二一万九〇〇〇円であると主張するが、(証拠略)によれば、右金額は第二基本給を含むものであることが認められ、右認定したところによれば、これを退職金算定の基礎とすることはできないから、原告の右主張は理由がない。そうすると、原告の退職金額は、一四八万四六七六円となる。

四  同4(退職金の支給時期)の事実は当事者間に争いがない。

五  そこで、抗弁(退職金の不支給事由)について判断する。

1  (証拠略)によれば、抗弁1(退職金の不支給規定)の事実が認められる。

2  抗弁2の(一)及び(二)(退職の意思表示の撤回の有無)について

(一)  同2の(一)のうち、原告の辞意の表明に対し、水谷次長、村本常務が原告を慰留したことは当事者間に争いがないが、原告が退職の意思表示を撤回すると明確に表示したことを認めるに足りる証拠はない。

(二)(1)  同2の(二)(1)のうち、原告が同年一〇月九日の部内懇親会に出席し退職の素振りも見せなかったことは当事者間に争いがないが、右事実は原告の退職と相反する行為ということはできないから、右事実をもって退職の意思表示の撤回があったものと認めることはできない。

(2)  同2の(二)(2)のうち、原告が村本常務に呼ばれたこと、同月一四日に営業第五部の営業会議が開かれたこと及び同部の機構改革の内容が営業第五部の組織を営業課と工務課の二課にし、営業課を一係と二係に分け、原告を二係の主任とし、営業課内の各係に関しては独立性を強化し、担当するゼネコンを明確に区分したうえで、各々に関し達成すべき目標を定めることなどであることは当事者間に争いがなく、右事実と証人水谷利夫及び同村本秀洋の各証言、原告本人尋問の結果並びに前記二の2で認定の事実を総合すると、原告が遅くとも同年九月下旬に退職届を提出したこともあって、村本常務と水谷次長は、原告の所属していた営業第五部の機構改革をすることとしたこと、そして、同年一〇月一三日、村本常務が原告に対し、今般営業第五部の機構改革を行い、今後原告に小泉慶一係長のもとで主任として働いてもらうことにする旨話し、これに対し原告は異を唱えず「はい」と答えたこと、同月一四日、営業第五部の営業会議が開かれ、前記内容の機構改革が最終的に決定されたこと、右機構改革は同月一五日から実施される予定であったこと、右会議においても原告は同月一五日限りで退職することを述べなかったこと、しかしながら、原告はその翌日以降になって再び退職すると述べたこと、以上の各事実が認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。

なお、証人水谷利夫は、原告が前記営業会議において機構改革について積極的に発言し、早く部下が欲しいと述べた旨供述するが、これに反する原告本人尋問の結果及び証人村本秀洋の証言に照らし、右供述を直ちに採用することはできない。

(三)  右(二)の(2)で認定した事実によれば、右機構改革の内容は、原告が同月一五日以降も営業第五部内で小泉慶一係長のもとで働くことをも含み、原告が同月一五日をもって退職することと相反するものであるから、右機構改革に反対せず、小泉係長のもとで働くことになることに異を唱えなかった原告の言動は、被告を退職することをやめたものとみられなくもない。

しかしながら、前記二の2、五の2(一)及び(二)(2)で認定の事実、証人水谷利夫及び同村本秀洋の各証言(いずれも後記採用しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告が退職届を提出したのが遅くとも同年九月下旬であること、水谷次長が原告の退職の意思表示を受けて何度も慰留に努めたが、原告はこれに応じることなく、退職を希望していたこと、右状態は前記認定の機構改革について村本常務が原告に話した同年一〇月一三日の前まで続いていたこと(右認定に反する証人村本秀洋の供述は、証人水谷利夫の証言に照らし採用することはできない。)、原告はそのころには転職先が決まっており、水谷次長らにそのことを話していたこと(右認定に反する証人水谷利夫の供述部分は原告本人尋問の結果に照らし採用し難い。)、原告が退職を希望した理由が営業第五部の組織が個人的に意欲を持てないものであることや将来に希望が持てないことなどであったこと、前記機構改革は、個人の責任で仕事をしていたものを係の責任ですることとし、各係の利益目標を定めるとともに、各係の担当する顧客の見直しをするというものであるが、右機構改革によっても原告は主任のままであり、担当する仕事にもさしたる変化はなく、原告の地位にたいした変化はないこと、右機構改革の件が原告に告げられ、営業会議で決定されたのが原告の退職予定日の直前であること、その会議の直後原告は退職することを告げ予定の業務をしなかったこと、水谷次長は同月一四日の前記営業第五部の営業会議の後も原告の退職届を返すことなくそのままにしていたこと、以上の各事実が認められ、そして、本件全証拠によっても右機構改革によって前記認定の原告が退職を希望する理由が解消されたものと認めることはできない。以上認定したところによれば、原告は被告側の慰留を固辞し続け、かつ、転職先も決っており、更に、退職予定日の一、二日前になっての機構改革が原告が退職を思い止まる理由になったものとは認められないのであるから、これらに照らすと、原告が前記のような退職と相反するかのような言動をとったことをもって退職の意思表示を撤回したものと推認することはできない。なお、被告は、原告が業務の引継ぎや顧客への退職の挨拶をしていないと主張するが、証人村本秀洋の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は後任者を決めるなどして原告に業務の引継ぎに関する指示をしなかったことが認められ、右事実に照らし、仮に原告が業務の引継ぎ等をしなかったとしても、これをもって退職の意思表示を撤回したものと認めることはできない。他に退職の意思表示を撤回したことを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、原告が退職の意思表示を撤回したことを認めることができないから、これを前提として原告が突然かつ一方的に職場を放棄したことが懲戒解雇事由に該当するとの被告の抗弁2(懲戒解雇)はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、結局抗弁は失当といわざるを得ない。

なお、被告は、原告が同年一〇月一五日予定の業務を放棄した旨主張し、(証拠略)に同旨の記載があり、証人水谷利夫及び同村本秀洋は同旨の供述をするが、同月一六日であるとの原告本人の供述に照らし、いずれの日とも確定しえず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、退職金一四八万四六七六円及びこれに対する退職の一年後の昭和六二年一〇月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内民生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例